1933年
東京・大塚に生まれる。

1956年
文化学院美術科入学

1958年
文化学院美術科卒業。後に1965年から1968年まで同学院で講師を勤める。

1959-60年
マン・レイ、モホリ・ナジに惹かれて自己流のフォトグラム、デカルコマニィを制作。
高円寺の画廊喫茶「ネルケン」で発表中、滝口修造氏に出会う。

1961年
第一画廊(東京・新宿)で第一回個展を開く。
金丸重嶺氏、植村鷹千代氏、写真家今井寿恵氏に見出され、今井氏の助手を勤める。

1962年
フリーランス・カメラマンになる。社会派及び前衛的表現・行為を総合写真グラフ誌と芸術美術誌などで発表。
1962年から1965年にかけて『週刊平凡』に若者を主題にした記録、『週刊女性』などに写真を掲載。
1962年から1968年にかけて、第一画廊及び村松画廊にて第2回から第8回個展を開催。

1964年
『ライフ』と『ライフ・インターナショナル』に写真掲載。

1965-68年
『美術手帖』、『小原流挿花』などに若いアーティストの訪問ドキュメント、小劇場運動舞踏を掲載。

1968-70年
『婦人公論』、『アサヒグラフ』に現代美術、舞踏、小劇場、風俗、社会問題などを掲載。

1971-75年
朝日新聞社『週刊朝日』でフォト紀行。「ナウナウ(現・デキゴトロジー)」担当。

1972-79年
『美術手帖』、『芸術新潮』、『芸術生活』などでアートルポ、紀行、記録写真を発表。
1972年から1978年にかけて、銀座絵画館、シミズ画廊(東京・荻窪)で第9回から第11回個展を開催。

1979年
東京都美術館「東京展」を開催。

1981-83年
新潮社の新雑誌『フォーカス』を企画立案。自らも取材スタッフとして活躍。

1982年
画廊春秋(東京・銀座)にて個展開催。フランスのアヴィニヨンフェスティバル写真展に招待展示。
1983年までにフランス国内15都市を巡回。

1983年
パリのポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)に招待され、写真とスライドの展示を行う。
また、ポンピドゥー・センター内のフラマリオン書店で「舞踏」写真集刊行サイン会を開催。
フランスのナントで個展開催。

1984年
ユネスコ・パリ本部で個展開催。イスラエル・ギャラリーホワイトで二人展を開催。
ヴェネツィア・ビエンナーレのビデオ部門に招待出品。
画廊春秋「ヒポコンデリーシャス」光画展を開催。

1985年
舞踏フェスティバル参加。
日本文化財団主催「かえってきた舞踏写真」東芝セブン、画廊春秋にて個展開催。
ベルリン・ホリゾントフェスティバル招待展示

1999年
12月逝去。

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2014年
アートフェア東京2014で、ぎゃらり壷中天と青山|目黒により「トータル・リコール—羽永光利の仕事(1959-1999)」と題して、
羽永光利の記録写真が本格的に紹介。ぎゃらり壷中天にて「目撃者!羽永光利展"舞踏"を中心に」展が開催。
また、練馬区立美術館の「あしたのジョー、の時代展」に出品。
千葉市美術館を皮切りに「赤瀬川原平の芸術原論展 1960年代から現在まで」展が2014年から2015年にかけて、
大分市美術館、広島市現代美術館を巡回。

2015年
「羽永光利による前衛芸術の"現場"1964-1973」展を青山|目黒で開催。
韓国・光州の国立アジア文化殿堂(Asia Culture Center, ACC)にて行われた「Performing Arts in Asia」展に出品。
さらに、ロンドンのテート・モダン(Tate Modern)で2015年から2016年にかけて開催された
「The EY Exhibition : The World Goes Pop」展に出品。

2016年
デュッセルドルフのWELTKUNSTZIMMERにて開催の「Butoh Photography」展に出品。
リオデジャネイロのパソ・インペリアル美術館(Paco Imperial)で開催の
「コンテンポラリーの出現・日本の前衛美術 1950-1970」展に出品。
また、The MIT Press より富井玲子氏による著書『Radicalism in the Wilderness:
International Contemporaneity and 1960s Art in Japan』(表紙:羽永光利)が刊行。
さらに、スイスのフリブール・アートセンター(Fri Art, centre d'art de Fribourg / Kunsthalle Freiburg)の企画展に出品予定。

羽永光利プロジェクト実行委員会
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